地方移住を前に思い出の場所に行ってみた

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セミリタイア生活

何時とは決めていないけど、もう一回位は訪れてみたい場所。そういった場所が誰にでもあるんじゃないかと思います。私の場合は大学だったのですが、今月山口県の方へ移住してしまうと恐らく一生行くことは無くなってしまうでしょう。ということで今回懐かしい場所を歩き回ってきました。

何時かまた訪れてみようと思っていた場所

今回は写真も載せていますが、極々一部の人が「懐かしい」と思うかもしれない位のお話です。

誰得?って話だけど、ちょっと自分の為の記録用に書きました。

無性に気になる!?昔住んでた家

今年になって地方移住の検討を本格化させたは良いものの、コロナの為に実際に現地に行くことは困難でした。なので街並み等はストリートビューで眺めて現地に行った気になってイメージを膨らませていました。

ただ、そんなことをしていると合間に色々な場所を見たくなります。

海外の街並みを眺めるのも面白いのですが、やはり昔行った(生活した)ことがある場所が今どうなっているのか?というのは興味の沸く所です。

私は短期間ですが大学院に行っていた時に学校の近くで独り暮らしをしていた期間がありました(といっても最近までそのこと自体をほぼ忘れていました)。

それをふと思い出し、そういえばどんなところだったかな?という軽い気持ちで探し始めたのですが・・・

見つからない!?地形も変わってる??

当時私は車に乗っており、移動はもっぱら車でした。なのでその住んでいたマンションに駅から徒歩で向かったという事は恐らく数える程しかなかったと思います。

ただ、その家を探す手がかりは現在では駅以外にありません。微かな記憶を頼りに探していたのですが、如何とも見つかりません。25年も経っているので建物や商店などが変わっているのは当たり前なのですが、何故か地形からして私の記憶と全く違うのです。

「この辺から下り坂だったはず」という所が上り坂だったり、記憶には無い川が流れていたりします。駅を間違えたかと思う程記憶と実際の街の様子が違います。

結局ストリートビューでは住んでいたマンションどころか、見覚えのある場所の一つも見つけることが出来ませんでした(ちなみに住所・地名なんかは一切覚えていません)。

知らないうちに「異世界転生でもしてたの?」って感じだったわ。

移住を機会に実際行って調べてみた

どちらかといえば後述する大学の方がメインの目的地ではあったのですが、こちらの「住んでいたマンションが見つからない問題」も頭の片隅に引っかかっていて、ここ数カ月とても気持ちの悪い状態でした。

山口へ移住したら間違いなく確認する術を失います。その前にちょっと「現地に行って調べておこう!」ということになりました。

25年前の記憶は相当いい加減!?

部分部分ではありますが、大学に通っていた時のことは昨日のことのように思い出せるものもあります(それだけ楽しかったのでしょう)。

なので流石に現地に行けば当時住んでいた家くらいすぐに辿り着けると思っていました。

しかし、現実はストリートビューと何も変わりません。

小一時間程もうろついた頃でしょうか?ふと、「そういえばあのマンションって駅から結構離れていた様な?」という記憶の断片が頭の中に浮かびました。

そうだ!よく考えたら駅からそのマンションまで歩いたことがほとんど無いのは遠かったからだ!

後で振り返ると全然見当違いの場所をウロウロしていました。ホント記憶っていい加減よね。

喉に刺さった小骨が取れたかのような爽快感!

ということで探索範囲を一つ隣の大通りまで広げてみたら、先程よりはイメージに近い風景が見えてきました。それでも当時を思い出させる建物は一つもありません・・・

ただ、「方向はこっちのはず」という記憶だけを頼りに進んでいくとっ!

私以外の人にとってはなんてことない風景だと思います。

しかし、この風景を見た瞬間、私の記憶の中で欠けていたパズルのピースがカチッとハマった音が聞こえました!

確実に見たことがある風景です!(ちなみにストリートビューで調べていた場所からは相当離れています)

「すぐそこまで出てるのにどうしても思い出せない」っていうもどかしさが一気に解消された時の爽快感!

それにしても東京の家賃は高い

当時も新築って感じじゃなかったですが、25年経った今でもそこそこ綺麗な外観を保っていました。

それにしても懐かしい(住んでいた部屋の位置は思い出せませんでした)。

よく見たら入居者募集のポスターが張ってあったので、戻ってからネットで調べてみました。

築30年超で6畳の1ルーム(風呂トイレ一緒)という典型的な学生用賃貸マンションで、駅からは徒歩12分(もっと遠いと思いますが・・・)。

私が住んでいた部屋とは違いますが、お家賃なんと3.7万円。都内で3万円台は安い!?かもしれませんが、移住先の山口のアパートは広さが2倍以上あって駐車場込みの3.4万円です。

やっぱり東京の家賃は高いわよね。

大学にも心残りが・・・

時間はかかりましたが、取り合えず当時住んでいた家は発見できて”すっきり”といった感じです。次は通っていた大学へ向かいました。

誰にでもやり残したこと、気になっていることなんかはあると思います。

色々楽しい思い出が詰まった大学・大学院生活でしたが、そんな中でもちょっと気になっていたことがありました。気になっていたというか、歳を取ったら心配になってきたことって感じでしょうか?

それは「自分の所属していたクラブが存続しているか?」ということです。

一応「体育会」だったんですが・・・

私の通っていた大学は規模が小さく、大抵の運動系クラブは「体育会」に所属していました。まぁテニスとかスキーのようなものはサークルもありましたが、ほとんどは学校から正式に認可され予算も付く「体育会」でした。

で、私もそのうちの一つに所属していました。有名大学のそれとは違い、全くの「なんちゃって体育会」ではあったものの、一応「体育会」です。

「先輩の命令は絶対!」的な雰囲気は普通にありましたし、酒の席では下級生は芸を披露しなければいけませんし、使いっ走りもしました。

で、私はそれが嫌だったんですよね(特に酒の席の一気飲みと芸が)。なので自分が3年生になって主将になった後はそういった風習・雰囲気を全廃してしまいました(一気飲みは禁止。飲めない後輩には無理に飲ませないといった感じへ。その他の活動も大方そんな感じにしました)。

ただ当時も感じていましたが、その結果部の雰囲気が緩んじゃったんですよね。たまに顔を出す4年生や院に上がった先輩からもちょくちょく怒られました。

もしかしたらそれが原因で数年後に部が崩壊してしまったかも!?

「体育会」の雰囲気はあれはあれで良い部分もあるのかも知れない・・・と思ったのは結構歳を取った後だったわ。

という訳で大学訪問

上記の様に主目的は自分の所属していたクラブが存続しているかの確認でした(まぁ無くなってしまっていても今更何もできないんですけどね)。

ただ、当然楽しかった学生生活を振り返りたいという目的もあります。

もしかしたらこれを読んでいる人の中に同窓の方もいるかもしれませんので写真を張っていきます。

確率的にはほぼいないんじゃない?

駅前からして25年前とは大違い!?

ここは人が多くて写真に人が沢山映り込んでいるので張るのは止めておきますが、大学の最寄り駅(南大沢)を降りたら人だらけ!

私が通っていた頃は大学が移転してきたばかりで回りに何もなく、歩いてるのは学生だけといった駅でした。

それが今や商業施設が沢山出来て、通りでは大道芸人が芸をして拍手を浴びてたりします。

というか、隣の駅も含めてマンションが猛烈に増えてました。地域の人口が数十倍に増えているんじゃないかって感じです。

多摩ニュータウンの中では比較的新しい地区だし、駅からもそこそこ近いもんね。

名前は同じでも中身は違う大学・・・

誰もが「ん?」、「センス悪っ!」と思ったであろう「首都大学東京」からようやく元に戻った学校名。

ただ、名前こそ戻ったものの、私が通っていた大学とは中身は違う学校です(4つの学校が統合されたため)。

看板は新しめだったから、昔のものじゃなく新しく作ったのかしらね?

当時新しい学校の名前を公募した時も「東京都立大学」が圧倒的多数派でした。ちなみに「首都大学」は4位、「首都大学東京」なんて名称は欠片もありませんでした。

今は綺麗なこの場所も・・・

入ってすぐの学生課とかがある所です。

私は大学がこの場所に移転してきた時に在学していました(東横線の「都立大学」にも通っていた時期があります)。

4月の新学期にここに来た時は、舗装工事が間に合わず、この辺は地面がむき出しでした。

そこらじゅうでまだ工事をしていました。

文化系クラブが入ってる棟と生協

写真左端の所は学祭の時によく泥酔者が転がってた建物です(軽音のライブ絡みで多かった?)。

その後何かあったのか?その場所は板で塞がれていました。

そして写真右側の建物(1F部分)は生協の食堂ですね。この大学は学生が少ないせいで普通に食べると一食1,000円近くしたので私は滅多に行きませんでした。最近は安くなったのでしょうか?

大学移転はバブルの終わりの頃です。学内には当時流行のコンクリ打ちっぱなしの建物が沢山あります。

コンクリ打ちっぱなしの建物って意外に古さを感じさせないわね。

理系の校舎は遠い・・・

始めてきた時も感じましたが、この大学は敷地が縦長で理系の校舎が遠いんです。

しかし目指す体育会の部室までは更に遠かったりします。

どういう経緯なのか知りませんが、何故か大学構内のメインの通りは車道でもないのにストリートビューに画像があります。

卒業生で興味があれば見てみるのも面白いかもね。

・・・と思ったら体育会の部室は意外に近かった!?

社会人になってたくさん歩くようになったからでしょうか?

当時はとても遠かった記憶があったのに、ちょっと歩いたら部室のある建物に着きました。

果たして私の所属していたクラブの部室はあるのでしょうか?

よかった。あった

先輩(自分)がいい加減だったり、大学が合併したりの荒波にもまれて、もしかして?と思いましたが、全く同じ場所に部室はありました。

室内は写真に写せない程汚かったです。

とはいえ、私がいた頃も(新築なのに)そんな感じだったけどね。

ガレージは!?

という訳で私が所属していたのは体育会「自動車部」でした。

なので車を整備するガレージが別の場所にあります。そちらも見に行ってみました。

こちらがガレージ前の駐車場です。

実はここにも気になっていたことがありました。

というのも、自分の後輩がここに事故って動かなくなった車を2台ほど放置していたんです。部品も取っていったので自走出来ない状態でした。

それがそのまま25年間放置され続けてたらどうしよう?という不安がありました(自分のものではなくても当時主将という立場上、責任を感じていました)。

幸い当時の車はありませんでした(後から本人が処分しに来たのでしょうか?)。ちなみに今転がってるのは現役部員が潰した車だそうです。

現役部員発見!

土曜日でしたが、ガレージでは現役の自動車部員が車の整備をしていました。

という訳で今の話も聞けましたし、ガレージの中も見ることが出来ました。

色々聞いてみたら活動内容は私がいた頃より充実していそうでした。ただ、時代ですね。手ごろなFR車が無くなってきて車の調達が大変だと言ってました(自動車部に入るような子はMTのFR車が好きなのは昔と変わりません)。

クラブとしての体裁が整っていて一安心です。今後も頑張ってね。

工学部(当時)の入っていた棟

ガレージは一目で自分の所属していた所だと分かったので後輩に話しかけることも出来ましたが、自分のいた研究室はやはり踏み込めませんでした。

学校が合併して、自分のいた学部と学科がどうなったかが全く分かりません(名称は完全に無くなっていて、これかな?と思うような名称の学科すらありません)

まぁそのままだったとしても先生も変わってるし、今行っても誰も知らないんだけどね(ちなみに合併した他のキャンパスに向かうバスのバス停が出来ていました)。

時間の経過がなせる業?一部が森になっている!?

上に書いた通り、私がここに通っていたのはキャンパスが移転した直後だったので、木は植えてありましたが「最近植林しました」みたいな不自然な感じでした。

その不自然さは今はもうほとんどありません(というかちゃんと人の手が入ってるのか怪しい所すらありました)。

今は時間の経過と共に場所によっては普通の森みたいな雰囲気がありました。

この写真の通りなんて臭いが完全に森だったわ。

地方移住の前に憂いなし

いつか一回位は訪れてみたいと思っていた大学。ふとしたことから思い出した当時住んでいた家。

恐らくこの機会を逃したら一生行くことは無かったと思います。

今住んでいる埼玉の家からは片道2時間近くかかるので、現地を歩き回るのと合わせて半日かかりましたが遊びに行って良かったです(梅雨の最中、ギリギリ雨も降らずラッキーでした)。

歳を取るとこうした懐古的な発想になりがちだと思います。私はその度に「まだ過去を振り返るのは早いのでは?」と思ったりもするのですが、今回は行って良かったな~と素直に思えました(頭の片隅に引っかかっていたことも解消できましたしね)。

皆さんも何かしら「思い出の場所」みたいなものがあると思います。

何かきっかけがあったら行ってみると結構面白いと思うわ。

ちなみに大学構内の写真はもっとたくさん撮ってきたのですが、どんどん脱線しちゃうから割愛しています。万が一これを見ている人で「懐かしいからもっと見せて」という人がいたらコメントして下さいね。

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