日本の神話である「古事記」。原文は当然読めないわけですが、どういったことが書いてあるかという解説本は世の中に沢山あります。額面通りの「物語(神話)」として読むのも面白いのですが、「実際にあった歴史を暗喩してるのではないか?」と考えながら読むのも面白いですよね。
日本という「国」はどうやってできたの?
この連続した記事の一番初めに日本の「国土」はイザナギ・イザナミが生んだという事をご紹介しました。
今回は「国(政権)」の成り立ちのお話よ。神話になっているけど、より現実っぽくなっていきます。
いきなり脱線。歴史は変わっていく!?
最初から話は脱線しますが、歴史って最新の調査結果や新たな遺跡の発掘などによって変わってきますよね。
私は独身で子供がいないので、最近の歴史の教科書というものを見る機会はないのですが、ネットなんかで見る限りだと我々が習ったものと今のものでは違う部分も多いのだとか・・・
有名どころでは「良い国(1192)作ろう鎌倉幕府」が今では「良い箱(1185)作ろう鎌倉幕府」に変わったというものがありますね。
その他世界を見渡せば「トロイの木馬」で有名なトロイア戦争の話はずっと神話だと思われていたのに、遺跡が出てきて実際にあったと考えられるようになったということもあります。
そうしたことを踏まえると、もしかしたら古事記に書いてあることも全くの物語じゃないのかもしれません。そういう視点で見るのも楽しいと思います。
古事記には「この表現は実際こういうことが起こったということを指しているんじゃないか?」といった解釈が沢山あります。
将来そういった説のいくつかは「本当の事」になるかもしれないわね。
本筋じゃないのにやたら長い「大国主神」編
「大国主神(オオクニヌシノカミ)」のお話は、古事記を読んで恐らく誰しもが不思議に感じる部分ではないかと思います。
というのも、そもそも古事記は日本の支配者として今の天皇家の正当性を示すためのお話、すなわち天皇家は最高神(アマテラス)の子孫の家系であるという物語です。
しかしこの「大国主神」って今の天皇家とあまり関係ないんですよね。そして日本はその「大国主神」が作ったというお話なんです。趣旨を考えるとちょっとしっくりきませんよね?
ちょっと触れるつもりのサイドストーリーが長くなっちゃった系のお話?
主役はスサノオの子孫「大国主神」
大国主神というと聞きなれないかもしれませんが、「因幡の白兎を助けた人」といえばイメージできますかね?
大国が「ダイコク」と読めることから、神仏習合の時に大黒天と習合してるので風貌は大黒天というイメージもあるわね。
まず、大国主神の血筋ですが、スサノオの6代孫になります(wikiとかみるとちゃんと系図があったりします)。
そして沢山いる兄弟(何人いるか分からない位多いので八十神と言われている)の末っ子です。この後別の話にもありますが、古事記は末っ子が偉くなる話が多いですね。
兄弟にいじめられてご先祖様(スサノオ)に助けを求めたが、そこでもいじめられる
この末っ子神が兄たちのいじめから逃げ、スサノオに助けを求めに行きます(神様は不老不死なので6代前のご先祖様も普通に生きています)。
ちなみにいじめといっても大国主神は2回も殺されています。この殺され方も非常にユニークで結構長い話です(死んだ大国主神は別天津神のカムムスビノカミに生き返らせて貰います)。
そしてスサノオの元に逃げ込んだとき、スサノオの娘である須勢理毘売(スセリヒメ)と出会い、結婚します。この際、義理の父となるスサノオにいくつかの試練を課せられ、ここでも壮絶にいじめられます。その試練を全てクリアーすることでスサノオに認められ、娘との結婚を許されます。
「大国主神」という名前は娘を貰った時にスサノオからもらった名前です(大国主神は名前が沢山あります)。
国造りをしろというのもスサノオの命令よ。
大国主神が国(日本)を造った!?
スサノオの所から元居た国に戻った大国主は、かつていじめられていた兄弟(八十神)を追い出し、国を造りました(この辺りも結構脱線して長い話になっています)。
大国主神が国造りをする際、「大物主神(オオモノヌシノカミ)」という神様が現れ、「自分を祀ったら国造りは上手くいく」と言ったことから、大国主神は三輪山にこの神様を祀りました。
大国主神は神様なのに、他の神様を祀ってるのね。
この三輪山は実際にあります。
大神神社(オオミワジンジャ)は、奈良県桜井市にある神社。大物主神を祀っていて、ご神体は三輪山そのもの。なのでこの神社には拝殿はあるが本殿が無いという特徴があります。
そして話は本編へ(国譲り)
古事記に登場する神様は大きく「天津神」と「国津神」に分かれています。「天津神」は高天原(天界)にいる神様で、「国津神」は葦原の中つ国(地上)にいる神様です。
大国主神はスサノオの子孫ですが、ずっと地上にいるので「国津神」です。そのままでは「天津神」の子孫である天皇家が日本を支配する正当性が主張できません。
そこで語られるのが「国譲り」です。
せっかく苦労して作った「国」をあげちゃうの!?
大国主神は接待上手!? 二度もアマテラスの使いを懐柔
大国主神が国を造った後、アマテラスは国を天津神に譲るよう使者を送ってきます。
一人目はアマテラスの次男である天菩比神(アメノホヒノカミ)。この神様はアマテラスの子供にもかかわらず大国主に言いくるめられて、大国主の国造りの手伝いをすることになります。
二人目は天若日子(アメノワカヒコ)。この神様は大国主の娘の下照比売(シタテルヒメ)と結婚して大国主神側についてしまいます。その件がきっかけで後に悲劇的な死を迎え、その話が元で七夕の彦星になります(織姫がシタテルヒメ)。
三人目で降参。国を譲る
そして三人目の使者が建御雷之男神(タケミカヅチノカミ)です。
この神様はイザナミが死ぬきっかけとなった「火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)」をイザナギが殺した時に生まれた神様ですね。
この3人目の使者を懐柔することは出来ず、大国主は天津神に国を譲ります。
ただ、このとき大国主神の子供の建御名方神(タケミナカタノカミ)が抵抗して戦います。しかしタケミカヅチノカミの方が圧倒的に強く、タケミナカタノカミは出雲から諏訪湖まで追い詰められます。
タケミナカタノカミはもう諏訪湖から出ないという条件で見逃してもらいます。
諏訪大社は、長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社。御祭神はタケミナカタノカミ。
ちなみにこのタケミカヅチvs.タケミナカタの戦いが相撲の起源という説もあるわよ。
国を譲る条件で建立「出雲大社」
大国主は国を譲る際、条件をつけました。それが出雲大社の建立です。
伝説ではこの時造られた出雲大社は高さが48mとか96mとか、とにかく壮大な大きさだったそうです。これ、ただの伝説だと思われていましたが、近年当時の柱が発掘され「本当だったのかも!?」となっているようです。
そしてその出雲大社で毎年11月に大国主神が全国の神様を招いてお祭りをするので、他の地域は「神無月」になり、出雲だけは「神在月」になるのです。
出雲だけ「神在月」っていうのは知ってたけど、理由は知らなかったわ。
出雲大社は、島根県出雲市大社町杵築東にある神社。御祭神は大国主神。他の神社と異なり「二拝四拍手一拝」の作法で拝礼することが特徴。
「国譲り」のお話には不思議がいっぱい
ざっと要約しても長くなりましたが、古事記には日本という「国」は大国主神が造ったと書いてあります。そしてある程度の抵抗はするものの、戦争とかはせずにその「国」を天津神に譲ったとされています。
とにかく不思議な話ですよね。世界の歴史を眺めても争いなく「国」を譲るお話ってほとんどないんじゃないでしょうか?
更に不思議なのは、この「国譲り」の話は古事記にはあるのに「日本書紀」には無いそうです。さらに出雲の話なのに「出雲国風土記(733年完成)」にも書いて無いそうです(両方とも私はまだ読んでいませんが)。
出雲大社の作法が他の神社と異なっていたり、大昔にはあの辺りに今の日本とは別の国があって、その国を大和王権が何らかの形で統合したのを「国譲り」というお話に仕立てたのではないかという説もありますね。
そして国の成り立ちという意味では更に興味深いことがありますよね。
そう、卑弥呼の「邪馬台国」が話には絡んでこないんです。アマテラスが卑弥呼だというかなりぶっ飛んだ説もあるようですが、ここもまた不思議な話です。
いつか大発見があって、この辺りがすっきり分かるようになると良いですね。
次辺りで終わらせられそうね。実はアクセスがほとんどないのに書くのはやたら時間がかかるので辛い・・・
ひとつ前の記事はこちらです。よろしければご覧ください。
(後日追記)続きを書きました。よろしければご覧ください。
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